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尾張名所図会を巡る

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2009年 03月 19日

熱田潟(あつたがた)

『尾張名所図会』の熱田潟
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 和歌に熱田の潟、尾張の潟と詠まれている。



『名古屋市史』には次のようにある。
 熱田湾は、名古屋湾と呼ばれるようになった。もとは熱田潟、熱田の浦、熱田の海、尾張の海とも言われた。享禄のころまでは上知我麻神社あたり(現在の「ほうろく地蔵」の場所)までが海であった。その後、次第に築地して、今のようになった。須賀、大瀬子、東脇の三浦である。



現在の熱田潟
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 江戸時代を通じて多くの新田開発がなされ、熱田潟の地形は大きく変わった。以前あった精進川が大正15年(1926)に埋め立てられ、新たに新堀川となるなど、明治以降も国道の開通や都市開発の中で大きく変化している。現在は宮の渡し公園に「時の鐘」と「常夜灯」が復元され、当時の面影を残している。

by nitibotuM | 2009-03-19 19:49 | 尾張名所図会 | Comments(0)


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