尾張名所図会を巡る

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2009年 03月 09日

浮島ヶ原(うきしまがはら)

『尾張名所図会』の浮島ヶ原(左上に小さく)     
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 裁断橋の一町ばかり東に、一堆の盛り上がったところに四、五本の老松がある。また、ここを牟山戸(むさんど)ともいう。昔ここに社があって、祭神は天細女命(あめのうずめのみこと)であったが、今は廃社となった。
 昔より洪水などの水災のとき、このあたりの人家を流し、樹木を倒し、田畑も水没することがあったが、ここだけは浮き上がり水没することはなかった。故に浮島ヶ原という。しかし、駿河の浮島が原とは違って、古歌に詠めるような名所ではない。


『名古屋市史』の浮島社
 祭神は天穂日命(あめのほひのみこと)とも、天細女命とも、日本武尊ともいう。廃社となっていたものを明治二十四年ごろに再興した。




現在の浮島ヶ原(浮島橋)    浮島橋の位置
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浮島橋より七里の渡し方面を望む
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 現在、浮島ヶ原があった場所を特定するのは難しい。そうした中、「浮島」の名前は名古屋市瑞穂区に「浮島町」として残っている。また、写真のように「浮島橋」などのように所々で名を留めているが、当時の面影は全くない。



現在の浮島神社     浮島神社の位置
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祭神は天穂日命
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# by nitibotuM | 2009-03-09 20:55 | 尾張名所図会 | Comments(0)
2009年 03月 08日

大師井(だいしのい)

『尾張名所図会』の大師井
 築出町の東にある。弘仁年中、弘法大師がこの地に九井を掘った一つがここにある。


『名古屋市史』には次のようにある。
 (一)一色ノ井(築出町) (二)神輿洗ノ井(伝馬町宿) (三)来光ノ井(須賀町来光寺) (四)長橋ノ井(布曝女町) (五)特称不詳(田中町福寿院 通称 泉坊) (六)特称不詳(木ノ免町白山神社前) (七)特称不詳(大瀬子町) (八)特称不詳(布曝女町喜見寺) (九)特称不詳(神戸町 上知我麻神社南十間)



現在の大師井
 当時、熱田区の南部は海岸に接していたため井戸を掘っても塩分を含んでいることが多かったようで、飲料に適さないことが多く、良質な水の出る大師井は重宝された。しかし、現在では大師井の中で確認できるものは、ほとんど残っていない。その中で唯一、『名古屋市史』にある田中町の泉坊の井戸だけが、泉坊保育園(熱田区白鳥3丁目)として名前を残している。また、『史跡 あつた』や『熱田区の歴史』には「草薙井戸」という名が見える。銘酒草薙の醸造元にあり、政所の南(現在の白鳥2丁目)にあったと記され、現存するとあるが、現在でもあるのだろうか。ご存じの方は、ぜひご教示願いたい。



泉坊保育園
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# by nitibotuM | 2009-03-08 20:35 | 尾張名所図会 | Comments(0)
2009年 03月 07日

周岳山政林寺(しゅうがくざんしょうりんじ)

『尾張名所図会』の政林寺(右上に小さく)
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 築出町にある。臨済宗の寺院で、布曝女町(そぶくめまち)にある海国寺の末である。元亀元年(一五七〇)に加藤図書助順政(『尾張名所図会』は「順正」とあるが誤りと思われる。)の創建。開山は仁峯である。補足 仁峯は順盛(のぶもり)の三男で順政(のぶまさ)の弟でもある。また、仁峯は海国寺の二世として住持している。
系図 順盛―順政―武公―順正              『尾張群書系図部集』より
        L仁峯(三男) 


歴史的な政林寺の位置  『名古屋市史』地図「(一一)熱田神領字入図」の一部
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小さくて分かりにくいが、精進川を挟んで正覚寺の反対側にある。


『名古屋市史』には次のようにある。
 開山仁峯で八世古厳松公が中興し、十一世祥鳳慧雲が本堂を再建する。また、明治三十八年頃に海国寺末から妙心寺末となった。本尊は木像の正観世音菩薩立像。




現在の政林寺    政林寺の位置
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 臨済宗妙心寺派の寺院。政林寺は『尾張名所図会』にあるように築出町(現在の伝馬3丁目から神宮4丁目あたり)にあったが、現在は名古屋市天白区の島田東交差点付近へと移動している。
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# by nitibotuM | 2009-03-07 19:29 | 尾張名所図会 | Comments(0)
2009年 03月 06日

呼続浜(よびつぎのはま)

『尾張名所図会』の呼続浜
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 日本武尊が宮簀媛命(みやずひめのみこと)のいる氷上(ひかみ)まで行った時の古い道(火高地古道)は潮干には歩いて渡ることが出来るが、満潮には渡ることが出来ない。
 呼続とはここから次へと呼び継いだところ故に名が付いた。昔はこのあたりから山崎、笠寺(現在の名古屋市南区)まで入り江になっていたが、新田開発を行い現在のような陸地となった。
 日本武尊の「この夕潮に 渡らへむかも」と詠んだ歌(詳しくは火高地古道を参照)や『方角抄』に「よびつぎの浜には海士の家居あり、塩屋かずかず見えたり」とあるようにここには古い道があった。



現在の呼続浜(推定)
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 伝馬町より呼続方面(現在の名古屋市南区)を望む。現在、『尾張名所図会』にあるような呼続浜の面影は全く残っていない。古代は、撮影場所も含め写真の範囲のほとんどは海だったと思われる。したがって、『尾張名所図会』にあるように数多くの「塩屋」で塩を生産し、このあたりは良質な漁場であったのであろう。
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# by nitibotuM | 2009-03-06 19:33 | 尾張名所図会 | Comments(6)
2009年 03月 05日

火高地古道(ひたかじのふるみち)

『尾張名所図会』の火高地古道
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 裁断橋の東、築出町(つきだしまち)の鳥居のあたりのことをいう。昔、日本武尊が氷上(ひかみ)の宮簀媛命(みやずひめのみこと)のもとへ行く時に使った古い道である。また、このあたりに家を作って住むと神罰の祟りがあるといわれている。
 『寛平縁起』の日本武尊の歌に「奈留美良乎 美也礼波止保志 比多加知尓 己乃由布志保尓 和多良部牟加毛 (鳴海浦を 見やれば遠し 火高地に この夕潮に 渡らへむかも)」とあるのはこの古い道のことである。


築出町の鳥居の歴史的な位置    『尾張国町村絵図』「熱田」の一部
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 中央から左に流れるのが精進川で、それに架かる橋が裁断橋である。裁断橋の右側が築出町で、『絵図』の下にあるのが築出町の鳥居である。


『尾張名所図会』の氷上神社
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 氷上神社は日本武尊が宮簀媛命のもとへ訪れた時の場所とされている。




現在の築出町の鳥居(推定)    撮影場所
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 現在、火高地古道があった場所を特定するのは難しい。『尾張名所図会』に築出町の鳥居のあたりとあるので、その場所を推定すると上の写真よりやや西の現在の裁断橋跡があるあたりではないだろうか。この写真の位置は「伝馬町一里塚」と案内板にある場所である。(本来の一里塚は、おそらく国道1号線の新堀川に架かる新熱田橋付近と思われる。)
 ちなみに火高地古道の「火高」とは現在の名古屋市緑区大高町のことで、この道は日本武尊が東征の命を受けて、伊勢から尾張の氷上(火高)へ向かう途中に通った道である。古代この付近まで海が来ていたので、干潮時に歩いて氷上まで移動したと思われる。しかし、古代の海岸線は干潮時でもこのあたりが陸になったのか疑問が残る。江戸時代に熱田から大高まで行こうとすると、海岸線の影響で東海道を通り鳴海まで行き、そこから大高へ行くか、近道として新しくできた笠寺あたりから大高へ行く「知多郡道」があった。そのように考えると、古代にこのあたりにあった火高地古道が干潮時に陸地になったのか不明で、この古道がどこまで史実の話か分からない。他に文献など調べていないので、詳しい方に委ねたい。

『なごやの古道・街道を歩く』より



現在の氷上姉子神社(ひかみあねこじんじゃ)     氷上姉子神社の位置
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 祭神は宮簀媛命。仲哀天皇4年、尾張氏の館趾(現在の元宮)に創建し、持統天皇4年(690)に現在の地に移った。
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現在の元宮
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宮簀媛命宅跡
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明治時代に出来た「知多郡新道」の道標
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 この道標は明治21年(1888)に建てられたもので、明治時代に入ると知多への近道として新道ができた。明治三十六年の『熱田築港図』を見ると、この道標は以前、ここより南西の位置にあったと思われるが確証はない。これも詳しい方に委ねたい。


上の道標がある神明社    神明社の位置
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# by nitibotuM | 2009-03-05 21:36 | 尾張名所図会 | Comments(0)