尾張名所図会を巡る

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2014年 09月 26日

於大公園の彼岸花

 INAXライブミュージアムからの帰りに東浦町の於大公園に寄ってみた。ほんの少し彼岸花が。ただ、今年は早いようで、すでに見頃は過ぎていた。



於大公園(2014年9月25日)曇り時々晴れ    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-26 13:39 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 25日

INAXライブミュージアム

 INAXライブミュージアムは常滑市にあり、「世界のタイル博物館」、「窯のある広場・資料館」、「土・どろんこ館」、「陶楽工房」、「ものづくり工房」、「建築陶器のはじまり館」の6つの施設からなる。その中でも今回は、「世界のタイル博物館」を中心に見学した。歴史と共に使用されてきたタイルの数々が展示されている。特にイスラム教のモスクのドームの天井を再現したタイルは異文化の空間で神秘的だ。タイルは無数の組み合わせで、模様を作り出す美しい芸術であることがよく分かった。今回はタイルの奥深さにふれる良い機会になった。



INAXライブミュージアム(2014年9月25日)晴れ    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-25 19:41 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 12日

滋賀旅行 その8

 近江八幡の中心地から、今回の最後の目的地、長命寺へ。
 長命寺は、山号を姨綺耶山(いきやさん)といい、天台宗系の単立寺院である。また、西国三十三所の第三十一番の札所でもある。参拝するには808段あるという階段からも行けるが、今回は車で上がることにした。駐車場から少し階段を上るが、結構急だ。これを808段となるときつそうだ。
 山の上にある為か、横一列に諸堂が配置されているような伽藍のようだ。それぞれの諸堂は趣がある。また、境内からは琵琶湖を望むことも出来る。ここに来て天気がまた曇りがちになってきたのは残念だった。
 長命寺を参拝した後は、ゆっくりと帰路に就いた。



長命寺(2014年8月27日)曇り    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-12 18:55 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 11日

滋賀旅行 その7

 水郷めぐりから近江八幡の中心地の観光へ。昼ご飯を食べた辺りから少し青空が。この旅行で一番晴れた時間だった。多少日差しは強かったが、風情ある町並みを歩いて回る。
 近江八幡の中心地の観光後は、今回の最後の目的地、長命寺へ。



近江八幡の中心地(2014年8月27日)曇り時々晴れ    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-11 17:54 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 10日

滋賀旅行 その6

 宿泊先の大津プリンスホテルから湖岸道路を通って近江八幡へ。まずはじめに水郷めぐりに寄った。ほぼ自然の状態を保つヨシの水路を進む。今回は静かで風情のありそうな手漕ぎ船に乗船。この水路はかなり複雑で入り組んでいるが、これもすべて自然の状態ということ。途中、カイツブリやカワセミなども見られた。まさにのどかな原風景。エンジン音のしない手漕ぎ船にして正解だった。天気が曇りがちだったのは残念だったが、あっという間の一時間の船旅だった。ただ、一点残念だったのは、ペットボトルなどのゴミが多い点だ。これだけ風情があるヨシの水路なので、ゴミはない方が良いに決まっている。確かにゴミを回収しようとしても入り組んだ水路では取り除くのも困難かもしれない。捨てる方に問題があるのは事実だが、やはり大切な観光資源の為にも出来るだけ綺麗な状態を保って欲しい。
 水郷めぐりから次は、近江八幡の中心地の観光へと向かった。



水郷めぐり(2014年8月27日)曇り    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-10 19:28 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 09日

滋賀旅行 その5

 琵琶湖博物館から本日の宿泊先、大津プリンスホテルへ。昨年12月にホテル阪急インターナショナルに宿泊して以来、上の子は高層階からの眺めが好きになったらしい。いまいち天気が良くなかったが、今回宿泊した大津プリンスホテルから眺める琵琶湖も素晴らしい。ホテルの造り自体は極めて普通だが、宿泊料金から考えれば妥当だと思う。この景色を見るだけでも価値はありそう。
 翌日は、近江八幡の観光へと向かった。まずはじめに水郷めぐりへ。



大津プリンスホテル(2014年8月26、27日)曇り時々晴れ    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-09 17:51 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 08日

滋賀旅行 その4

 伊藤忠兵衛記念館から本日最後の観光地、琵琶湖博物館へ。例年開催されているのかは分からないが、訪れた時、夏休みの期間で平日(一部除く)は、常設展示が無料ということだった。これだけ広い施設を無料で見学できるとはすごい。
 見学を終えたころから、ものすごい雨に見舞われたので、しばらく施設の中で待っていたが、30分もしないうちに止んでしまった。今年はこういう天気が多い。
 琵琶湖博物館から本日の宿泊先の大津プリンスホテルへ。



琵琶湖博物館(2014年8月26日)曇り時々雨    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-08 19:31 | 花鳥風月 | Comments(0)
2014年 09月 07日

滋賀旅行 その3

 彦根港を出発して、次に豊郷町にある伊藤忠兵衛記念館を訪れた。
この伊藤忠兵衛記念館は初代の伊藤忠兵衛の100回忌を記念して整備され公開された伊藤忠兵衛の邸宅である。この初代の伊藤忠兵衛は、現在の伊藤忠商事と丸紅という2つの総合商社の創設者であり、近江商人の代表的な人物としても挙げられる。


 近江商人は、いわゆる「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)や「始末してきばる」(「始末」とは倹約につとめ支出を抑えることで、「きばる」は努力すること)といった独特の倫理観を商いの心構えとする滋賀県出身の商人のことで、特に江戸期を中心に活躍し、伊藤忠商事や丸紅のように現代まで受け継がれている企業もある。



 また、滋賀県は昔から浄土真宗の信仰が厚い地域であり、この伊藤忠兵衛もその1人である。伊藤忠兵衛は商売の理念を次のように捉えていた。
 「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」というのが商売の理念であるとした。したがって、ただ商売をすればよいというわけではなく、仏教的な救いの道を商売の中に取り込んでいったのである。このように近江商人は、先に示した倫理観だけではなく、伊藤忠兵衛のような厚い信仰から来る宗教的な倫理観をも持ち合わせていたといえる。


 この宗教的な倫理観というと真っ先にマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(以下『プロ倫』)が思い出される。
 『プロ倫』は有名なので、拙い説明は不要かと思うが、前後の関係上、若干の概要を述べたいと思う。
 古来より商業活動はあったのだが、どちらかというと世俗的な金儲けは賤しい行為と見られることが多かった。ところが近代の資本主義を生み出すきっかけとなった原動力の精神の中にはそういった商業活動を賤しいとする観念を払拭するばかりではなく、逆に禁欲的な生活を推奨することで発生する蓄財を神の御心にかなう行為として認めるに至ったと、マックス・ヴェーバーは見たわけである。そして、この積極的な蓄財の推奨によって、合理的な経営に繋がり資金の増大と投資の拡大を招き、近代資本主義を迎えたわけである。特にこの近代資本主義を生み出した原動力を、ヴェーバーは、「資本主義の精神」と呼び、その精神の中には独自の「エートス」が含まれていると考えた。
 この「資本主義の精神」が誕生するきっかけについてであるが、中世のカトリックでは、来世に重きを置き、現世にはあまり価値を認めない傾向が強かった。ところが16世紀に起こった宗教改革の中で、ルッターは職業(ベルーフ)を神から与えられた使命と捉え、現世における職業労働に価値を見いだしていく。更にカルヴァンになって、予定説(神による救済にあずかれるか、そうでないかはすでに決まっているという考え)が教説に取り込まれるようなると、神からの救済にあずかる確信を得るためには、勤勉な職業労働に励み、禁欲的な生活を行うことが必要であると考えられるようになった。特にこのようなカルヴァン派を中心とした、世俗の中における禁欲主義、言い換えれば、このような宗教的な倫理観こそがヴェーバーのいう独自の「エートス」といわれるものである。そして、この宗教的な「エートス」が積極的な蓄財を生みだす、「資本主義の精神」となって、更に合理的な経営が行われる近代資本主義となったわけである。ただ、この非合理的ともいえる宗教的な「エートス」が「資本主義の精神」を生みだし、合理的な近代資本主義へと繋がっていく過程については、なかなか説明が難しい点もあると思われる。
 当然だが宗教改革者たちの教説の中には、資本主義的経営の合理性を説くという意図はなかったわけである。しかし、それでも近代資本主義へと繋がったのは、歴史の不確実性によってあらわれた偶然の結果、つまり全くの「意図せざる結果」だったという指摘である。「意図せざる結果」は、「資本主義の精神」から非合理な宗教的な「エートス」だけを奪い取り、合理的な資本主義の発展を加速させていった。
『プロ倫』でヴェーバーは次のような指摘をしている。

営利のもっとも自由な地域であるアメリカ合衆国では、営利活動は宗教的・倫理的な意味を取り去られて、今では純粋な競争の感情に結び付く傾向があり、その結果、スポーツの性格をおびることさえ稀ではなかった。


 現代の資本主義は、ヴェーバーの指摘する「スポーツの性格」をも通り越して、まさに戦争の性格さえおびているとさせ言えそうだ。現代のような大量生産、大量消費の社会では、いかにコストを削り利潤を生むかということが命題となる。グローバル化はそれを更に加速させ、巨大な世界企業による利潤の奪い合いとなっている。また、最近、食品の安全性が取り上げられることが多いが、これも利潤のみを追求した結果であるのは明らかだ。



 もはや、ヴェーバーの指摘した宗教的な「エートス」などは現代には残されていないのだろうか。
そこで、もう一度ここで冒頭に紹介した伊藤忠兵衛の商売理念を取り上げたい。
それは「商売は菩薩の業」という箇所である。まさにこの理念は、ヴェーバーのいう宗教的な「エートス」である。日本の近江商人の中にもこういった宗教的な「エートス」が見られることは、すでに多く指摘されていることではある。しかし、益々、グローバル化が加速し続ける現代にこそ、今一度この近江商人の理念を見直す機会が必要なのではないだろうか。
 確かに、近江商人のことは各方面で取り上げられる機会はある。特に「三方よし」、「始末してきばる」等は、現代の企業の中にも経営理念として掲げているところもあるだろう。 しかし、これはあくまでも倫理であり、いざ、倫理と利益との兼ね合いになった時には、簡単に人間や企業の都合が優先されうる可能性がある。
しかし、カルヴァン派や近江商人のような宗教的な「エートス」は、神仏からの視点を伴う。この神仏からの視点というところが重要だと思う。ところが、我々、現代人はこの神仏からの視点を失い過ぎた。しかし、どこかで人間には、このような超越的な眼差しを感じ、それに対する畏怖の念を抱くことによって、物事の価値判断をする際の尺度の基準とする必要があるのではないだろうか。



 ただ、こういった感覚は、合理的な社会に慣れた我々には大変難しい。いってみれば、このような非合理的な「エートス」は、前近代の呪術化された遺物であり、科学的な合理社会には不必要だと言ってしまえばそれまでである。ニーチェが「神は死んだ」といったように、キリスト教における神の価値観は崩壊し、そして、日本でも富永仲基や山片蟠桃から始まる無神論が展開され、さらに近代以降の科学的な知見の発展は合理性を加速させた。それに伴って伝統的な価値観、もっと言えば伝統的な神仏のあり方も崩壊していった。それは我々を非合理的な前近代の呪術から解放させることに成功させた。ヴェーバーはこうした「時代の宿命」に男らしく堪えようという。更に「時代の要求」にこたえることが必要だと。
 しかし、我々が呪術からの解放を受け入れることによって、それで問題は解決していくのであろうか。
ユング心理学の河合隼雄氏の言葉が印象的だ。「現代のひとたちは、癌恐怖症にかかる。(中略)癌そのものは実在することが科学的に証明されているが、その恐怖のほうはきわめて非科学的なものが多い」、なるほど、確かにそうだ。科学的な合理主義は、呪術(神仏)からの恐怖の解放には成功させたが、その科学はあらたに病名という恐怖をもたらせた。
 私自身、以前は科学的で合理的な思考が世界を変革していくと考えていたが、どうやら物事はそれ程単純ではないようだ。むしろ我々が宗教的な「エートス」を失ったことによる影響の方が計り知れないとさえ言える。科学は、我々の知識を飛躍的に発展させた。しかし、その知識を我々の生活の中に活かすために科学を利用する技術はあくまでも人間が実行していくものだ。どんなにオートメーション化していったとしても当然そこにはヒューマンエラーが伴う。人間が技術を利用する限り、それは避けられないであろう。安全性を確保した設計をしたとしても、人間の想定を超える事態は起こりうる。まさにそのもっともな例が、あの原発事故だったのではないだろうかと思えてならない。宗教的な「エートス」を失い、過大なまでの科学への信仰と技術への過信が生んだ結果だったのではと。もちろんそれだけがすべてだとは言わない。しかし、どこかで歯止めとなる宗教的な「エートス」は必要なのではないだろうか。



 ところが今やその宗教的な「エートス」は崩壊し尽くし、それを取り戻すのは容易ではないだろう。そして、原発事故にみるように科学万能主義さへも怪しい暗雲が立ちこめる。私たちは一体何を拠とすればよいのだろうか。ヴェーバーがいうようにひたすら「時代の宿命」に男らしく堪えなければいけないのか。そして、我々はニヒリズムの中で迷いながら生き、そして死を迎えねばならぬのか。
ニーチェは言う。「事実なるものはない、ただ解釈だけがある」と。我々は同じ世界が永遠に続く「永劫回帰」の中で、全く価値の無い世界というニヒリズムを生きねばならないのか。しかし、そこで、ニーチェはこのニヒリズムを積極的に受け入れよという。それを受け入れたところにこそ、新しい価値の創造があるのだと。しかし、我々、現代人にとっては、積極的なニヒリズムを受け入れることなどできるのだろうか。
 20世紀最大の思想とも言えるマルクス主義は世界の主要な思想にはなり得なかった。ユートピア的な共産主義への発展などという幻想は、とうに失われているのだが、ヴェーバーのいう「精神のない専門人」や「心情のない享楽人」となった「無のもの」である我々現代人は、亡霊となったマルクスの思想の中で、次々と新しい「呪物的性格」を帯びた商品を生産し続け、その物への限りない信仰、つまり「呪物崇拝」という行為のみが徘徊し続けている。我々は物の豊かさ、生産の拡大こそが歴史の発展だと思い込む。
 我々は、無意識なのか意識的なのか分からぬが、ヘーゲル、マルクスの思想に影響されてか、時代と共に歴史は発展していくのだという歴史観を当たり前かのように認識している。
 特にマルクス主義では経済活動である下部構造の変化によって、宗教、哲学、文化である上部構造も必然的に変化していくと捉える。つまり、共産主義が実現すれば、上部構造の宗教は消滅するはずだった。ところが、ヴェーバーは『プロ倫』で、その消滅するはずの宗教が近代資本主義を誕生させる1つのきっかけとなったという。これは歴史が経済だけで発展するというマルクス主義へのアンチテーゼだ。資本主義社会にとって経済活動の重要性は分かるが、やはり、経済活動のみが生活や歴史を豊にしていくという認識は改めねばなるまい。




 根拠はなく直感的ではあるが、現代社会が置かれている状況は、明治時代に開国と共に西洋の思想が流入する中で個としての自己の確立を目指しながらも、全体との統一を図ろうとした思想家たちの苦悩と通じるところがあるのではないだろうかと思っている。少々乱暴ではあるが、もう少し別の言い方をすれば、西洋は実体のある物をどこまでも追求していき、東洋では実体のない物(空)を追求してきた。明治の思想家たちは、それらの違いをどのように調和させ思想として論理化しようとしてきたのか。何かそこに我々も学ぶべきヒントがあるように思う。しかし、明治の思想家たちの思想も主要なものとはならなかった。むしろ、戦後の知識人によってそれらは戦前の体制側の思想だと切り捨てられることも多かった。確かに、それらの思想の中で体制へと取り込まれていった点は批判的に検証する必要はあるが、その切り捨てられた思想を、一律に扱うのではなく、再度検証し、そこから学ぶべきものは多いのではないだろうか。特に東洋的な実体のない物(空)を追求する姿勢は、現代人に必要であると思う。



 今回は最後に哲学者、西田幾多郎を取り上げたい。西田も東洋的な実体のない物を見つめながら、自己とは何かを追い続けた。そして、その対極にあるマルクスの唯物史観にアンチテーゼを示した1人だ。
 西田の歴史観は、環境(全体)によって自己(個)が作られ、今度は逆に作られ自己が環境を作っていく世界。言い換えれば、環境が自己を限定し、自己が環境を限定していく。つまり、一即多、多即一の思想といえる。(西田の場合、一が環境で、多が自己を指す。)この世界では、環境と自己はそれぞれに矛盾的に存在しながらも、根底では同一を保っていると考える。こういった世界を西田は「絶対矛盾的自己同一」と呼んでいる。ヘーゲルやマルクスのように、矛盾と矛盾が止揚され綜合されるのではなく、矛盾は矛盾のまま自己同一を保つのである。したがって、西田にとって、一瞬一瞬とは、その都度、環境がその自己自身を限定していった形であると捉え、それが「永遠の今の自己限定」と呼ばれるもので、逆から見ればその自己限定された一瞬一瞬は、永遠や絶対無といったものと繋がっているわけである。そういった西田の歴史観からは発展という概念は見られず、一瞬一瞬が意義や価値があるものとなる。西田にとっての歴史的世界とは一瞬一瞬に形が現れ変化する状態、つまり「メタモルフォーゼ」(形態変化)なのである。
 西田哲学は、一即多、多即一という相即の思想からも分かるように、極めて『華厳経』の思想と類似しているといえる。したがって究極的には一元論へと向かう。そうなると、現実世界での善悪などの二元論的問題に対応できなくなるという点は指摘されている。確かに西田哲学に課題が多いのも事実だが、どこかその思想に引きつけられるのも事実だ。西田は数々の自身や身内の不幸に遭遇し、そうした中で自身の哲学的態度を次のように示している、「哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならい」、「古来、哲学と称せられるものは、何等かの意味に於て深い生命の要求に基かざるものはない。人生問題といふものなくして何処に哲学というべきものがあるであらう」と。まさに西田哲学は生命の根源的な問題である生死がテーマなのである。また、西田の「物となつて見、物となつて行う」という姿勢や参禅の経験が示すように、西田哲学の根底には宗教的な問題が密接に関連している。
西田哲学の中には、先の宗教的な「エートス」と併せて、どこか我々現代人が見失った生きる上での大切な道を示す考えが含まれているのではないだろうか。



伊藤忠兵衛記念館(2014年8月26日)曇り時々晴れ    撮影位置
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by nitibotuM | 2014-09-07 19:03 | 花鳥風月 | Comments(0)