尾張名所図会を巡る

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2009年 03月 17日

寝覚里(ねざめのさと)

『尾張名所図会』の寝覚里    寝覚里(東浜御殿)の歴史的な位置
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 寝覚の里は尾張か美濃にあるが、熱田の東浜御殿のところもその場所である。東浜御殿の東は、大きい松の木があり、櫓を「ねざめの櫓」(寝覚楼)といって、名前の名残がある。


『名古屋市史』には次のようにある。
 寝覚の里は1.浜の鳥居の東 2.片町東御殿の地 3.知多郡名和村(寝覚の字あり) 4.熱田より鳴海宿までの浦づたい 5.松風の里の別称 などと伝えられている。しかし、古歌にある寝覚は信濃の寝覚の床か美濃の寝覚の里を詠むことが多い。



現在の寝覚の里
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 写真は、当時東浜御殿(『尾張名所図会』での「寝覚の里」の推定地)があったと思われる範囲を撮影したものである。
 その他、『名古屋市史』にあるように「寝覚の里」は、色々な場所が推定されている。この「寝覚の里」の由来であるが、写真の場所の場合は『名古屋市史』に徳川光友が東浜御殿から望む遠くの景色が目覚める心地がするからとあるが、いまいち分からない。また、『名古屋市史』の3つめの場所として、名和村(現在の東海市名和町)をあげているが、現在でも「寝覚」という地名が残っている。そこには石碑があり、名和の寝覚の里の由来を「千八百年の昔、倭武天皇の火上の行在所に坐しし時、朝な朝なに海潮の波音に、寝覚し給ひし方なる故」と記している。以上のように、「寝覚の里」と言われるところは多くあるが、その由来や元々の場所も分からないことが多い。


名和町の寝覚の里(石碑は名古屋市緑区大高町にある)
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by nitibotuM | 2009-03-17 19:56 | 尾張名所図会 | Comments(0)


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