尾張名所図会を巡る

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2009年 02月 18日

松姤神社(まつごのかみやしろ)

『尾張名所図会』の松姤神社    松姤神社の歴史的な位置
 布曝女町にあり建稲種命(たけいなだねのみこと)を祭る。もとは建稲種命の陵墓であったが、のちに神社とした。


『名古屋市史』には次のようにある。
 祭神は宮簀媛命(みやずひめのみこと)、もしくは建稲種命を祭るともいわれ定かではない。ここは古墳でなく、建稲種命の陵墓などといった説は違うとしている。また、熱田が松子島と呼ばれるのは、この神社の名が由来だとしている。朱鳥元年(六八六)の鎮座。(補足 松子島は松炬島などともいわれ、その場所については南区の笠寺台地・緑区の大高・熱田など諸説ある。)
 また、 日本武尊が東征の間、宮簀媛がここで閉じこもり、人を遠ざけて誰の声も聞かず、日本武尊の帰りを祈ったところである。したがって、耳の聞こえない病はここで祈れば治るという言い伝えが残る。俗に聾神(つんぼがみ)と言われる。 『熱田尊命記集説』  ただし、『尾張志』ではこの説を否定している。



現在の松姤社     松姤社の位置  
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祭神は宮簀媛命
 

 日本武尊が東征の命を受けて、伊勢から尾張の氷上(今の緑区大高)へ向かう途中、この布曝女町で宮簀媛に会ったが、宮簀媛は耳が聞こえないふりをして日本武尊に答えなかった。(詳しくは布曝女町を参照)この言い伝えをもとに、この場所に神社を祀り、それ以来「おつんぼ神」と人々は呼び、耳の神様と言われるようになった。
 この話は『熱田尊命記集説』にある話と若干違うが、いずれも耳の病に効くとあり、松姤社は耳の神様として地域の人に信仰されてきたのであろう。現在は国道1号線に面しているが、建物に囲まれ訪れる人もまばらである。 

 『史跡 あつた』より
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by nitibotuM | 2009-02-18 17:42 | 尾張名所図会 | Comments(0)


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