尾張名所図会を巡る

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2014年 01月 24日

熱田神宮

 1月もそろそろ終わりそうな時期で、今更という感じだが、初詣に熱田神宮まで行ってきた。訪れたのは、夕方だったが参拝に来ている人が結構多かった。やはり、1月中は平日でもそれなりに参拝客がいるようだ。




熱田神宮(2014年1月24日)晴れ    撮影位置
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Leica M9 SUMMILUX M 35mm F/1.4 ASPH.
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by nitibotuM | 2014-01-24 18:32 | 花鳥風月 | Comments(7)
Commented by 住兵衛 at 2014-02-15 09:14 x
身近な見慣れた景色も多いので、折に触れ、楽しく拝読させていただいてます。
そこで、以前からずっと気になっていた、近くの神社境内の石碑のことを
お尋ねしてみたいと思いました。
熱田区一番2-45-8にある「波限神社」の境内にある石碑に、
「まむし神様」と彫ってありますが、この由来とかをご存知でしょうか?
もし、ご存知でしたら、ぜひご教示をお願いしたいと思い、ぶしつけで
まことに申し訳ありませんが、今回書き込みをさせていただいた次第です。
強烈な文言なので、今でも気になっています。
Commented by nitibotuM at 2014-02-15 19:06
ご訪問頂きましてありがとうございます。

また、コメントを頂きました「波限神社」の「まむし神様」の石碑ですが、私も以前から興味深く思っていました。
ただ、特に調べることもなくそのまま時が過ぎておりましたので、今回良い機会を頂きまして、簡単ではありますが調べてみました。


Commented by nitibotuM at 2014-02-15 19:06
まず、「波限神社」の創建の由緒を見ると、「加藤清正公が慶長15年(1610)名古屋城築城に当り、建立」とありますが、手元にある史料や古地図を取りあえず斜め読みしてみましたが、「波限神社」に関する記載を見つけることが出来ませんでした。ただ、『名古屋市史』には「明治初年の勧請なり」とあり、建立の由緒などは記さず参考文献として『名古屋神社誌』という書物を挙げているのみです。
また、「波限神社」が元々あった小島は愛知時計の辺りになるようですが、その周辺は新田開発が江戸時代初期頃から著しいですから、神社の由緒にある建立の年代も流動的かもしれません。

Commented by nitibotuM at 2014-02-15 20:40
それらを加味した上で、私見を述べるとすると、元々小さな社などはあったのかもしれませんが、「波限神社」としては『名古屋市史』にあるように「明治初年」というのが、この神社の建立として正しいのかもしれません。したがって、神社にある由緒は近代以降にそれらしい理由を付記したのではないかと推察致します。
そこで、「まむし神様」ですが、『あつたっ子』 (第82号(春)1996年2月10日)「名所見て歩き(14)」によれば、「まむし神様」の石碑の由来について「かってまむしが多くいたこと」と簡素に理由がありますが、文献史料などの論拠は挙げられていません。したがって、上記の由緒に関する推察なども併せて考えると、当地域にマムシが多かったということ以外は、特段の理由は無いのかもしれません。
Commented by nitibotuM at 2014-02-15 20:41
以上、簡単ではありますが、私が現状調べた結果をご報告致します。ただ、江戸時代以降の史料に「波限神社」の記載はあるかもしれませんので、今後の検討課題にしたいと思います。また、今回、住兵衛様から有意義なコメントを頂きましたので、どなたかご見識の方からこのコメントの訂正や補則など頂けましたら幸いです。
Commented by 住兵衛 at 2014-05-12 22:29 x
「まむし神様」について、詳細なご教示をいただきありがとうございました。
「慶長15年」とか「明治初年」とか、建立時期についても不明な点が
残されているようですね。
こんな身近にも「歴史ミステリー」が転がっていたとは、いやあ、驚きました!
それにしても、こと細かくお調べいただいたこと、心より御礼申し上げるとともに、事情によりご挨拶が遅くなってしまいましたこと、改めて
お詫び申し上げます。
Commented by nitibotuM at 2014-05-13 16:04
ご丁寧な返信ありがとうございます。
また、「まむし神様」の由来に関しまして、不十分な回答になってしまい申し訳ありませんでした。

ただ、その後、手元にある他の古地図も見直しましたが、やはり江戸時代には「波限神社」らしい記載はありませんでした。ちなみに手元にある地図で「波限神社」と思われる神社が初見されるのは『名古屋新地図』(大正11年)でした。昭和14年に「波限神社」が現在地に遷座する以前にあった場所である、現在の愛知時計と丸一鋼管の境目付近の東側、大瀬子公園の対岸付近にそれらしい神社の記載がありました。
ただ、今回確認した他の地図では、「波限神社」が省略されている可能性もあるので断定は出来ませんが、大正11年の地図に記載されていることを考慮すると「波限神社」の創建年代は、やはり『名古屋市史』の記載が正しいように思います。そう考えると「まむし神様」も比較的新しい神様なのかもしれません。

近くにある神社のことでも分からないことが多くあり、今回は自分自身大変勉強になりました。良い機会を頂きました住兵衛様には重ねて御礼申し上げます。


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