『尾張名所図会』の総持院
田中町にあり。臨済宗で美濃の久々利の東禅寺末。本願人は南部新左衛門光則、法名を春潮等梅という。開山は忠嶽和尚。本尊に地蔵を安置する。
総持院の歴史的な位置(旗屋に移転後、中央に惣持寺とある。)
『名古屋市史』には次のようにある。
妙心寺の末。浅井源左衛門(寺説には南部新左衛門光則とある。)の開基。開山は忠嶽瑞恕。初め久々利村の東漸寺の末寺、その後、明和四年十一月に名古屋の宝泉寺(現在の徳源寺)の末寺となる。また、文化十三年五月、総見寺の末に十月に自休寺と替え地して、旗屋に移る。文政三年九月、総見寺の隠居所となる。明治維新後は、妙心寺の末。
自休寺の歴史的な位置(自休院とある)
現在の総持院
総持院の位置

現在は臨済宗妙心寺派で、旗屋町ではなく玉の井町となっている。
『名古屋市史』の記述は概ね『張州雑志』と『尾張志』と同内容。『尾張名所図会』に「春潮等梅」は『名古屋市史』では「春朝等梅」とある。
ちなみに当寺が替え地をした自休寺は廃寺となっている。
『尾張名所図会』の青衾神社
田中にあり。『延喜神名式』に青衾神社。『本国神名帳』に正二位青衾名神とある。海蔵門(かつて熱田神宮の境内にあった)の外にあった青衾祠は、この社の遙拝所(ようはいじょ)である。末社の新氷上祠が境内にある。
歴史的な青衾神社の位置(中央やや左上)

『名古屋市史』には次のようにある。
祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)、または天野信景(あまの さだかげ)によれば、愛知郡の本居神(うぶすながみ)で、「うぶすな」が青衾になった。さらには天道日女命(あまのみちひめのみこと)とも、津田正生は尾張氏の祖神とされる天香語山命(あまのかごやまのみこと)としている。
当社を白衾として、白和幣(しらにぎて)に、海蔵門の外の東にあった青衾社(現在はない)を青和幣(あをにぎて)にそれぞれ当てるのは誤りである。(天道日女命は饒速日命の妃 天香語山命は饒速日命と天道日女命の子)
現在の青衾神社
青衾神社の位置


現在、祭神は天道日女命のようである。ただ、『尾張名所図会』では祭神については触れられていないし、『名古屋市史』においても混乱している様子がうかがえる。古来より異説が多くあると言うことであろう。
また、『名古屋市史』にも若干触れられているが、『熱田町旧記』には当社を「白衾神社」と記している。こういった別名もあったようである。ただ、これに関しては、上記のように『名古屋市史』で否定されているし、『尾張国地名考』で津田正生も漢籍から青龍白虎をもちだして青衾白衾とすることを退けている。さらに、青衾を日魂、白衾を月魂とする説さえ出たが誤りだとしている。
だが、『熱田 歴史散歩』には、「中秋の名月の日を祭日として、青衾神社祭がとり行われている。」とある。ということは、『尾張国地名考』などでは否定されている月の神に関する祭事が残っていると言うことか。
大府市にある大倉公園のツツジを見に行った。午前中は、風も強く曇りがちな天気だったが、午後からは風は残ったが青空になった。
この大倉公園の近くは、よく通るのだが、割りと近いこともあって今まで行く機会がなかった。連休でずっと家にいる子供もどこかに行きたいと言っているので、こんな時でないとなかなか行けない大倉公園に行くことにした。車で行く場合、駐車場がないようだが、すぐ近くの大府市役所の駐車場が祝日も解放されているようで利用できた。
ツツジはちょうど見頃でまさに満開であった。なかなか綺麗にツツジが公園に配置され見応えがある。連休中であったが人もそれほど多くなく、近場の穴場としてお勧めできる。
話は変わるが、このブログは一応、『尾張名所図会』を紹介するつもりで始めたのだが、いつのまにか『尾張名所図会』の更新は滞り、日記のブログと化してしまった(この記事もそうだ…)。
『尾張名所図会』は膨大な量があるので、とても全部を扱うことは不可能で、熱田の中でも特に「前編の四巻」に限定したのだが、それでもまだ半分ほどしか記事になっていない。一応、史料や写真は手元に整理してあるのだが、これらの史料をまとめて読んで文章化するのに手間が掛かる。というか、怠けているだけだが…。
ただでさえ素人が適当に史料を集めて、都合の良い箇所だけを紹介し、しかも自分の興味のある記事は細かく調べるのだが、そうでないものは面倒になって省略が激しい。おおよそ学問的なものからはかけ離れている。だが、郷土史は面白い。時代とともに失われたものも多いが、史料の中にある過去の姿を現代に呼び起こして対比することができる。
郷土史は伝承も多く、ある程度、素人が適当なことを書いても許されるだろうと思っている。幸いにも熱田の歴史は、多くの方が調べてその成果が残されている。そういったものを見ながら、近所を散歩すると触発されて、残りの『尾張名所図会』を記事にせねばと思う今日この頃である。一体いつになるか分からないが、備忘録として残りを完成させようと、意気込んでみる…。
大倉公園のツツジ(2012年5月4日)曇りのち晴れ
撮影位置









